『わたしは手作りチョコを作って好きな人に告白しようと思ってます。ジュピターのみなさんはバレンタインのチョコレート、どんなものがほしいですか?』
 無邪気なそれは、東京在住のティラミスに挑戦ちゃんからのメールだった。ちなみに十四歳。北斗君が読み上げた質問に対して僕はうーんと少しだけ考えた。
 バレンタイン。チョコは好きだけど、このイベントはあんまり好きじゃない。2月は何があっても学校に行くのはやめよう。そう自分に誓って、おっきなチョコレートケーキなんていいかも、と答えてみた。翔太らしいね。目の前の北斗君がくすくすと笑う。隣に座っていた冬馬君には作らねーぞ、と釘を刺されてしまった。そんなこと言っても作ってくれるくせに。面白くって笑っていたら、冬馬はどんなチョコがほしいの? と北斗君が冬馬君に話を振った。ここはラジオの収録スタジオだ。時間は巻いていかないとね。なのに。
「――おう。俺はもらったものはなんでも、ぜんぶ食うぜ!」
 …なんてことを冬馬君が言うから、当然、事務所は大騒ぎになった。次の日から冬馬君宛に送られてくる大量のチョコ。市販のものから手作りのものまで多種多様だ。ほとんどのチョコにファンレターという名のラブレターが付いていた。

 大好きな冬馬くんへ
 あたしは毎日ジュピターの曲を聴いています!
 冬馬くんの歌声が大好きです!
 新曲のダンスもとってもかっこよかったです!
 チョコ、一生懸命作ったのでよかったら食べてください♡


 …大体がこんな内容。
 プロデューサーさんは頭を抱えて、北斗君は相当ツボに入ったのかバシバシと壁を叩きながら涙が出るまで笑い続けて、冬馬君はこの状況が信じられないのかパチパチと瞬きをしたり自分の頬をつねっていたりしていた。夢かどうかわかんないなら僕がキスして起こしてあげるのにさ。
 やれやれとため息をついて事務所のソファに寝転がる。ざまーみろ、なんて意地の悪いことを思いながら目をつむった。このチョコの山がどうなろうが、僕の知ったことじゃなかった。


 ほら、と冬馬君が指先でつまんだチョコを唇で受け取る。一口サイズ。ミルクティー色のチョコ。口の中で溶けていくそれは甘くておいしい。
 結局のところ冬馬君宛のチョコは、市販に購入された未開封のものに限って受け取ることを許された。冬馬君は自分が言い出したことだからほんとうにぜんぶのチョコを食べるつもりだったらしいけど、それはさすがに許されなかった。真面目というかなんというか。こんなもの、捨ててしまったって本人にばれるわけじゃないのに。
 でも僕は、冬馬君のそういうどうしようもないところも好きだった。ファンのみんなが大事な冬馬君。けれど。そんな冬馬君が僕のものなんだから、こんなに優越感に浸れることもない。うん、好きだなあ。
「…なんか言ったか?」
「なーんにも。あ、その赤い箱も開けていい?」
「こっちか?」
「ううん。左のやつ」
 ベッドにうつ伏せになったまま、手渡された箱の包装紙を破って蓋を開ける。中から現れたのは綺麗な光沢があるプラリネ。あーあ、かわいそう。そう思わずにはいられない。冬馬君のことを想って選ばれたはずのチョコは、僕の胃の中に収まっていた。そりゃあ冬馬君が食べてるものもあるけれど、僕が食べてる数のほうが絶対に多い。
 冬馬君はさっきから同じ包装紙のチョコばかり食べている。箱の中身が空になったら、同じメーカーのものをわざわざ探して開けている。それがよっぽど気に入ったみたい。
「ねー冬馬君」
 ベッドにもたれかかってファッション雑誌を眺めている冬馬君の肩をつつく。んん。プラリネを咥えて首を傾げれば、冬馬君は眉をひそめて、それでも受け取ってくれた。もちろん唇で。…うそ。こんなこと、恥ずかしがり屋の冬馬君が文句も言わずにしてくれるとは思わなくて。僕は持って行かれたプラリネが冬馬君の口の中に消えていくのを眺めていることしかできなかった。
「おかえし」
 そのまま呆けていたら、やけに甘ったるい声と一緒にキスをされた。冬馬君が手放した雑誌が床に落ちて、その腕をベッドについた重みでバランスが少しだけ取れなくなる。
 唇の間から入り込んできた舌はチョコの味がした。ミルクじゃなくてビターな感じの、ちょっぴり苦いやつ。僕は好きじゃない、変な味。…ん? ――ていうかこれって。
「っ、とーまくん、お酒入ってるやつ食べてたの!?」
 肩を押して距離を取る。冬馬君の顔を見れば、その顔は赤い。まあ赤いのはいつものことだけど。明らかに目が据わっていた。
「なんでやめんだよ」
 むっとした顔をして、僕の質問にも答えずに冬馬君がベッドに上がってくる。ちょっと待って。そうは言ってみたものの、腕を引かれて押し倒されて、あっという間に仰向けにされる。目を開ければ、そこには僕を見下ろす冬馬君しかいなかった。
「とう――」
 名前を呼ぼうと開いた唇は冬馬君に塞がれる。その舌はやっぱり苦くて、でも熱くて、すごく気持ちがいい。押さえつけられた手のひらをぎゅっと握られて、ますます気分がよくなる。
 僕は冬馬君としかこういうキスをしたことがないからわからないんだけど、冬馬君のキスって上手なのかな? それとも下手くそなのかな? 気持ちいいから上手なのかも。まあどっちでもいっか。冬馬君だし。
 そんなことを思いながら溢れてくる唾液を飲み込んで、遠慮なく絡んでくる舌に応える。気持ちいい。頭がくらくらして、嫌でも腰が動く。これ以上されるとやばいかも、なんて思っていたら冬馬君が舌を抜いた。ちゅ、と触れるだけのキスをしてゆっくりと離れていく。
「しょうた」
 吐息混じりに名前を呼ばれてドキリと心臓が跳ねる。頬を撫でるその手すら気持ちよくて、信じられない気持ちになった。
 …僕の身体、どうしちゃったんだろう。冬馬君に触られたところが熱くて、もっと触ってほしくなる。そう思っていたら、太ももに硬いものを押しつけられた。
「っ、冬馬く、」
「したい。翔太」
 耳元で囁かれた言葉に全身の力が抜けていく。そのまま耳を舐められて、耐えられなくて、僕の口からそういう声が出た。
 今日は、そんなことする予定じゃなかったじゃん。明日も仕事で、僕は家に帰らなくちゃいけなくて。でも、でも。
 いつもと違う冬馬君。部屋中に広がるチョコの匂い。ドキドキする。まだドキドキしていたい。
「、まって…っ…電話、するから。家に、」
 震える手で、ベッドの上に転がっているはずのスマートフォンを探す。
 冬馬君はすっかり上機嫌になって、嬉しそうに笑っていた。
 その顔がかわいくて。僕はバレンタインのことがちょっぴり好きになれそうだと思った。




ハニー・アルコール/180224