「俺が明日死ぬって言ったら、おまえどうする?」
 冬馬君がそう言った。もう日付が過ぎていることに気づいたらしく、明日っつーか今日っつーか、なんてことを呟いている。意味がわからなくて瞬きを繰り返せば、目にかかっていた前髪を払われて、頭を撫でられる。
 ……冗談でしょ? あんまりなピロートーク。声は震えていた。僕の言葉に冬馬君はふ、と笑って、吸いかけの煙草をベッドサイドに置いていた灰皿に潰した。
「俺んち……つーか母親の家系が代々そうらしくてな。二十七の誕生日に死ぬんだっつって」
 おふくろも、そのおふくろも二十七で死んだ。元々女しか生まれないはずの家にひょこっと生まれたのが俺で、まあこの通り俺は男だから本当に死ぬのかどうかはわからねえんだが、誕生日がアレなもんで、親父も気が気じゃねえんだよ。明日、こっちに帰ってくるって連絡があった。はは、何もなかったら四人で飯でも食うか?
 ――そんな冬馬君の話を、僕はうつ伏せに寝転がったまま、ぼーっと聞いていた。あまりにも非科学的で嘘みたいな話。でも冬馬君は冗談を言わないし、嘘もつかない。だからたぶんこれは本当のことで、今日、二十七歳の誕生日。もしかしたら冬馬君は死んでしまうのかもしれないと、僕は受け入れざるを得なかった。
「……だから最近、仕事セーブしてたんだ」
「おう。向こうだって急に居なくなられたら困るだろ」
「……それ。プロデューサーさんは知ってるの? 北斗君は?」
 冬馬君から目を離すことなく質問する。聞きたいことは山ほどあった。言いたいことだって山ほどある。
「プロデューサーにも北斗にも言ってねえ。この話したのだっておまえが初めてだぜ」
 来いよ、と言われて素直に起き上がる。冬馬君のお腹の上に乗れば重いと言われた。当たり前でしょ。だってもうすぐ二十四歳だよ。冬馬君ってば僕のことなんだと思ってんの? いつまでも子ども扱いしないでよね。愚痴っぽく告げながら唇を落とす。
 冬馬君とのキスは、いつの頃からか苦くなった。
「なーんか未練なさそうだけど、もしかして結構前から知ってたの? ……その、二十七歳までだって」
 とりあえず、この話を信じた体で会話を続けることにする。
「まあな。ガキの頃から親父に言われてた。それがなくても人間いつ死ぬかなんてわかんねえしな」
「後悔してることとかないの? 例えば子どもとかさ。冬馬君好きじゃん。欲しかったんじゃない?」
 意地悪く問いかければ、腕を引かれて冬馬君の上に倒れ込む形になった。下着だけを身につけた身体がぴたりと触れ合う。すべすべの肌。触れているだけで気持ち良い。髪をくしゃくしゃと撫で回されて、耳元に唇を寄せられた。
 そこには、最後まで嫌だって言った冬馬君に無理を言って開けてもらった穴がある。僕が冬馬君のものだっていう、大事な証が。
 子どもなあ……と、冬馬君が小さく呟く。
「翔太の子どもなら欲しかったぜ」
 おまえに似て生意気なんだろうな。でも俺、滅茶苦茶に甘やかす自信がある。
 囁かれた言葉に背すじがそわそわと落ち着かなくなる。
「……僕だって、冬馬君の子どもならがんばって面倒みてあげるよ。でも仕方ないよね。人間は一人で子どもを産めないし」
「男同士じゃそもそも作れねえし」
「そういうこと。僕には冬馬君ひとりで十分」
「ばか。俺の台詞だっつーの」
 その言葉を聞いて嬉しくなった僕はちゅ、と冬馬君の頬にキスを贈って好きだよと口にした。
 僕は十四歳のときに冬馬君を見つけて、アイドルってこういう人のことを言うんだなと思った。気になって、見つめて、すぐに憧れて。冬馬君みたいなアイドルになりたかった。この、見た人全員を惹きつけるようなアイドルに。……だって、僕に足りないものはそれだけだった。それさえあればトップアイドルにだってすぐになれると、あの頃は本気で思っていた。
 十年。ジュピターが走り続けて十年が経った。ありがたいことにジュピターは、トップだとか、国民的だとかが頭につくアイドルになった。
 今後は海外での活動も視野に入れましょう。ついこの間、プロデューサーさんが嬉しそうに言っていた。でもね、プロデューサーさん。冬馬君、明日死んじゃうかもって。僕と北斗君を残して居なくなっちゃうかもしれないんだって。
「……冬馬君が、ほんとに死んじゃったらさ……」
 トクントクンと静かに鳴る心臓に耳を傾けながら、口にする。
「ジュピターは終わらせちゃうけど、いいよね?」
 僕の髪を指先でくるくると弄んでいた冬馬君の動きが止まる。
 あーあ。僕、なんでこんなこと言ってるんだろう。答えなんて最初からわかりきってるのに、馬鹿みたい。僕も北斗君も、ジュピターどころか冬馬君が居ない世界を生きていくつもりなんてない。
 僕はね冬馬君。冬馬君が死んじゃったら、冬馬君のお通夜とお葬式に出席して、このベッドでわんわん泣いて数日を過ごしたあと、北斗君と一緒に冬馬君のところに行くよ。もしかしたら北斗君はすぐにでもいきたいって言うかもしれないけどさ、そこはね、僕を一人にしないでっておねがいするから。母さんと父さんと姉さんたちに手紙を書かなきゃ。最後の最後に親不孝者でごめんなさいって。
 ……ねえ、だってそうでしょ。冬馬君が居ない世界に、ジュピターに、意味なんてないんだよ。
 視界が涙で滲む。今からでも遅くない。嘘だって言ってほしかった。ぜんぶ嘘だって。今年の誕生日プレゼントは何を用意してるんだ、楽しみにしてるって、そう言ってほしかった。
「泣くなよ」
 困ったようにそう言われたから、ぐすんと鼻を啜る。止まっていた手が動き出して、また僕の頭を撫ではじめた。冬馬君の手首には、ずっと前の誕生日に僕が提案して北斗君が選んだブレスレットがはめられている。大事にしてよね、と言って渡した日からその場所が定位置になったブレスレットは、一度も壊れることなく冬馬君と共にあった。
「なあ翔太」
 名前を呼ばれて、ん、と返事をする。子どもをあやすみたいに撫で続ける手のひらが気持ち良くて、僕は目を閉じた。
「……明日、生き残れたらおまえを抱きたい」




三月二日 深夜二時/180525