真っ赤な顔をした冬馬君にキスがしたいと言われて、頷いた。
 好きだと言ったのは僕からだった。冬馬君を独り占めしたくて、冬馬君が僕の特別になったらいいなと思って、好きだと言った。
「好きって、おまえ。どういう意味だよ」
「意味?」
「色々あるだろ。人としてとか、友達としてとか、その、レンアイカンジョーとして、とか……おまえのそれはどの『好き』だって訊いてんだよ」
 意味。意味なんて考えたことなかった。
 僕は冬馬君を独り占めしたくて、僕の特別になってほしいだけだったから。だって、そう思うってことは『好き』ってことなんじゃないの? みんな、この気持ちを恋って呼んでるんじゃないの? 
 初めてだった。誰かに対して『欲しい』だなんて気持ちを抱いたのは。
「――冬馬君のこと独り占めしたい。冬馬君が僕のものになったらいいなっていう、『好き』だよ」
 考えて、考えて。僕を射殺すように見つめている冬馬君に向かってそう告げた。
 まるで母さんが買ってくる四切れのケーキみたいだ。僕はいつだって姉さんたちが選んだあとの余りものを食べる。食べたいと思ったケーキは幸せそうに笑う姉さんたちの口に入っていく。冬馬君はケーキ。僕が食べたいと思ったケーキ。……だから、誰かに食べられる前に僕のだよって言わなくちゃ。そのケーキは永遠に僕の口には入らない。
 僕の言葉を聞いた冬馬君は目を丸くして、それからくしゃりと自分の後頭部を掻き上げた。僕は指先の感覚がなくて、喉だってからからで、息をするので精一杯だった。冬馬君は目を閉じると、はあ、と大きなため息をついた。
「……わかった。おまえのものになってやるぜ、翔太」
 目を開けた冬馬君は仕方がないって顔をしてた。ちょっと悔しそうで、負けたって言っているような顔にも見えた。
 これはあとから聞いた話だけど、このとき冬馬君は僕の告白にくらっときていたらしい。いつもみたいに冗談でからかわれてるだけだと思ってたのに、あんまり真剣で直接的な言葉だったから、ときめいたんだって。冬馬君が、あの冬馬君が僕にときめいてたんだって。そう照れくさそうに教えてくれた。
 でも、別の誰かが僕と同じことを冬馬君に言ってたら、たぶん、冬馬君はその人にくらっとなってときめいちゃってたんだろうなと思う。雛鳥の刷り込みってやつ? 僕は冬馬君じゃなきゃだめだけど、きっと冬馬君は僕じゃなくても良かったんだろうね。意地悪言うなって? 違うよ。冬馬君ってそういう人だからさ。それが冬馬君だから。
 ……だから、こんなことになるだなんて思ってなかった。

 唇と唇がくっついてる。冬馬君の唇が僕の唇にくっついてる。僕、冬馬君とキスしてる。キス。柔らかいけど、それだけ。レモンの味がするってあれ、嘘だったんだ。僕はぎゅっと目を閉じて冬馬君の唇が離れていくのを待っていた。
「……翔太、」
 何秒か経って、くっついてた唇が離れていって、冬馬君が掠れた声で僕の名前を呼んだ。目を開けるとすぐ近くに冬馬君の顔があった。ほっぺたが赤くなっててかわいい。でも目は据わっててちょっと怖い。
 ……ねえ。僕とキスなんかしちゃって良かったの、冬馬君。初めてだったんじゃない? あ、でもしたいって言ったのも冬馬君だっけ。どうだった? なんて笑って訊けるような空気じゃないけど訊いてみたい。そんなむずむずとした居心地。
「次、舌いれてもいいか?」
「えっ」
「おまえは口開けてるだけでいい」
 いいよともだめとも言う前にまたキスをされて、唇をぺろって舐められた。待って、と口を開けた瞬間に冬馬君の舌が入ってくる。ざらざらした肉が僕の舌を舐めて、歯をなぞって、口の中をめちゃくちゃにしていく。
「んっ…ふ、んんっ…」
 苦しい。息の仕方なんてわかんない。頭がくらくらする。
 されるがままになっていると冬馬君が一度出ていって、舌出せよと言った。着ていたシャツの裾を握りしめて、僕は冬馬君に言われた通り口を開けて舌を伸ばした。いい子。そう、嬉しそうに笑った冬馬君に舌を絡めとられる。
 濡れた舌はぬるぬるしてて変な感じがする。口の中がまた冬馬君でいっぱいになってきた頃、僕の身体は慣れちゃったのか上手に息継ぎができるようになっていた。ふたりではあはあ言いながら舌を絡め合っていると、開きっぱなしの口からよだれが落ちそうになった。危ないと思って目の前にあった肩を押せば、冬馬君はあっさりと離れてくれた。
 口の中に溜まった、どっちのかわかんないよだれをぜんぶ飲み込んで濡れた口を拭う。顔が熱い。きっと赤くなってる。恥ずかしくて冬馬君の顔が見れない。
 だって。だってさっきのあれ、大人のキスってやつでしょ。ドラマとか映画で見たことある。僕たち、まだ大人じゃないのにあんなキスしちゃって大丈夫なのかな。ていうか僕冬馬君とこんなことするなんて思ってなかったから、ちょっと、ううん、すごく逃げ出したい。
「翔太」
「っ、」
 冬馬君ちのベッドの上。僕はくるんと身体を回して冬馬君に背中を向けた。
「嫌、だったか……?」
 冬馬君の言葉にぶんぶんと首を横に振る。嫌じゃないのに、絶対嫌なんかじゃなかったのに、じんわりと涙が滲む。なんで。なんで涙なんか出てるんだろ。
「……とーまくん、なんで僕にキスしたの」
 泣いているのを悟られないように、小さな声で聞いてみる。
「なんでって、そりゃ……す、好きなやつにはしたいって思うだろ、普通」
「うそ」
「嘘じゃねえよ! 言ったろ、おまえも俺のものになる覚悟しとけって」
 それは僕が冬馬君に告白したとき言われた台詞だった。僕のものになってやると言ったあと、冬馬君は不敵に笑って「だからおまえも俺のものになる覚悟しとけよ」って言ったんだ。
 ……そっか。冬馬君、それで僕のこと好きになったんだ。好きに、させちゃったんだ。どうしよう。どうしよう。そんなつもりじゃなかったなんて絶対に言えない。冬馬君に好きになってほしくてあんなことを言ったわけじゃない。だって僕、冬馬君とキスがしたいって思ったこと、一度もなかった。ただ独り占めしたかっただけで、こんなことがしたいわけじゃなかった。
 じゃあ、この気持ちはなんなんだろう。僕は冬馬君のことが『好き』だから『欲しい』と思ったはずのに。『好き』だけど『キス』がしたいと思ったことは一度もない。でも、冬馬君は『好き』だから『キス』したいんだって。おかしいのは僕のほう? 僕が変なの? 冬馬君のこと、好きじゃないなんてことは絶対にないのに。
 涙を拭って振り返る。冬馬君に顔を見られる前に思いきり抱きついた。
「、おい翔太っ」
「ごめん、ごめんね冬馬君」
 何から謝ればいいのかわからないんだけど、本当にごめん。
 だって冬馬君は冬馬君だから、欲しいって一番に言わなきゃ誰かに取られちゃうと思ったんだ。
「僕も好きだよ。冬馬君。もう一回キスしてもいい?」
 それでも僕たち、きっとうまくいくよね?




Love is all/180624