※21×18の二人


 わっ、と驚いた顔をした冬馬君を見て、僕はがんばった甲斐があったなと笑った。
「おまえこれどうしたんだよ!? また北斗の入れ知恵か!?」
「冬馬君てば北斗君のことなんだと思ってんの? まあ半分正解なんだけどさ」
「は…そうだと思ったぜ…」
 歯を見せて冬馬君が好きそうな笑みを浮かべれば、冬馬君は観念したようにため息を吐いた。トランクを開けると、そこいっぱいに詰め込んだ風船が空に向かって伸びていく。我ながらファンシーな光景だった。でも、ファンシーなことが案外好きな冬馬君はこの状況に感心しているのか、風船をひとつだけ掴むと不敵に微笑んでくれた。ハタチ超えてるのに風船が似合うアイドルなんて、きっと僕と冬馬君くらいだよ。僕はまだ超えてないけどね。
「…で? 俺にこの車に乗れっつーのか」
「もちろん。僕と一緒にドライブしよ?」
「そりゃまあ、構わねえけど」
 免許を取ったら一番に冬馬君を助手席に乗せようと思ったのは、僕が十四歳のときだった。
 北斗君の赤いスポーツカーに初めて乗ったとき、北斗君がこう言った。「助手席はエンジェルちゃんの席だから、たとえ冬馬と翔太でも乗せてあげられないんだ」と。…結局、僕も冬馬君もその助手席に座ることになるんだけど、それはまた別の話。
 その言葉がストンと胸に落ちてきたのは、言葉の節々に『特別』が感じられたからだ。大人は自分の車の助手席には特別な人を乗せるんだなって、憧れた。僕も免許を取ったら…なんて考えてしまったのは冬馬君のことが『特別』だったから。そのときはまだ一方的な『特別』でしかなかったけれど。今は正真正銘、特別な人だから問題ないよね、なんて。僕はこの日が来るのをずっと楽しみにしてた。
「僕がどこにだって連れて行ってあげるから、冬馬君は免許取らないでよね」
 トランクから伸びる風船を車内に戻しながらそんなことを言ってみると、冬馬君はどうすっかなーと腕を組んだ。冬馬君は大型二輪の免許は持っているけど、車の免許は持っていない。
「俺だっておまえを好きな場所に連れて行きてえし…」
 実を言うと、冬馬君が運転するバイクには数えるほどしか乗ったことがない。冬馬君が嫌がって、あんまり乗せてくれないからだ。事故とか、本人的には色々と思うところがあるらしい。
「だから僕が連れてってあげるってば。いいよ、冬馬君は隣でナビしてくれれば」
「それじゃあ格好がつかねえだろ。俺にも格好つかせろよ」
「もう。負けず嫌いだなあ」
 冬馬君がもぎ取ったひとつ以外の風船をぜんぶ収納して、バックドアを閉める。さあ早く乗って、と促せば冬馬君は渋い顔をしたまま助手席のドアを開けた。
「すっげ…新車って感じがする」
「まあ、新車だからね」
 初めての車だけど、それなりの額がするものを買った。右ハンドルの外車。親や姉さんたちは中古でもいいんじゃない? ってそっちを勧めてくれたけど、絶対に新車にするって譲らなかった。冬馬君じゃないけど僕も格好つけたかったからなのかもしれない。
 シートベルトを締めて、設定しておいた音源を流す。あ、と呟いた冬馬君に今度こそ僕は声を上げて笑った。
「…思い出した?」
 ――トランクにバルーン乗せた車でドライビング。
 そんなフレーズがある曲を昔、リリースした。すごく大人っぽい曲だね。大人のなかに混じって、僕は冬馬君にそう話しかけたことを覚えている。
「おまえさっき半分正解っつってたろ。残りはこれか」
「そうだよ。冬馬君なら風船見てピンと来てくれると思ったのになあ…」
 まあいいや。行こう? べつに目的地があるわけじゃないけどさ。
 アクセルを踏み込んで車を発進させる。
 今日は特別な人を特別な席に乗せた、特別な日だ。




Fancy Driver/180127