…キスってどうやってするの?
 同じユニットに所属している少年の口から出た突飛な言葉に、北斗は一瞬だけ気を取られてしまった。手にしていたグラビア雑誌をテーブルの上に戻して、目の前に座っている少年と目線を合わせる。二人きりの応接室。我らがリーダーはまだやって来ていない。
 キスの仕方。…なるほど、確かにウブな冬馬がいるときに出来る会話ではない。そういう話なら大歓迎だと言わんばかりに北斗はグッと身を乗り出した。
「――何? 翔太、恋人でもできた?」
「ううん。そういうのじゃなくてさ。キスしてみたい人がいるから、どうやってするのかなって思っただけ」
 翔太からの返答は期待していたものではなかったが、その言葉に北斗はうん? と考え込む。
「…好きな人じゃなくて?」
 疑問に思ったことを口にすれば、翔太はこくりと頷いた。
 好きじゃないけれど、キスはしてみたい人。自分もそこまで清廉潔白の身というわけではないが、最近の中学生の恋愛事情はよくわからない。翔太はもっと恋愛事には慎重なタイプだと思っていた。…いや、これはそもそも恋の話ですらないのかもしれない。きっと、そこにあるのは好奇心だけだ。キスという特別な行為への。
「…そりゃあ、教えることはできるけど…。でも恋人でもないのにそんなことしたら嫌われちゃうんじゃない?」
 乗り出していた姿勢を正してソファに沈み込む。北斗の言葉に翔太は待ってましたと言わんばかりに、自信ありげに微笑んだ。
「ねえ北斗君。僕と賭けてみる?」
「賭け?」
「僕がその人にキスしても嫌われなかったら僕の勝ち。キスできなかったり、嫌われちゃったりしたら僕の負け。どう? 面白くない?」
「…ふうん。面白いけどそれだと証明ができないだろ。翔太、俺の前でキスしてくれるの?」
「えー? そこは僕を信じてよ」
 嘘なんてつかないからさ。にこにこと笑う翔太に北斗はやれやれと息を吐いた。相変わらず、翔太は相手を自分のペースに持ち込むのが上手い。それに悪い気がしないのは翔太が年下だからだろう。
 …まあいいか、と北斗は翔太の提案に頷いた。僕が勝ったらパフェ奢ってよね、という年相応のかわいらしいおねだりに頬を掻く。そんなもの、頼まれなくたって食べさせてやるのに。自分が勝ったときは何をお願いしようかな。いっそのこと、一緒にパフェを食べてくれと頼んでみようか。再び身を乗り出して翔太の顎に手を添えながらそんなことを考える。
「――じゃあ俺流のキスの仕方、特別に教えてあげるよ」
 その人に天国見せておいで。…あ、でもそっちはまだ翔太には早いか。北斗は苦笑混じりに囁いた。


 顔を真っ赤にして、パクパクと唇をわななかせるその姿を目の当たりにして、やっぱり面白いな、と翔太は思った。ついでにかわいいとも思ってしまった。いつものことだ。冬馬はいつだって面白くて、かわいい。
「…だめ?」
「なっ、だっ、だめに決まってんだろっ!」
 身を少しだけかがませて、上目遣いは忘れずに、じりじりと距離を詰める。
 北斗にそうしろと言われたわけではないが、自然とそうなってしまう。こうすれば、翔太に好意を持つ者は大抵のことには頷いてくれるからだ。そうやって生きてきたし、これからもそうやって生きていく。翔太のことを良く思わない者は、媚びることが上手だと言うが、それが悪いことだとは思わない。自分の武器は使えるとき最大限に使うべきだ。
「冬馬君、僕のこと嫌い?」
「それとこれとは話が別だ! 大体おまえっ、なんでこんなマネ、」
「面白いから…じゃなかった。だって冬馬君、キスする振りだけであんなになっちゃうでしょ? ほんとうにキスしたらどんな風になっちゃうのかな、って」
 僕気になって気になって。
 笑みを浮かべたまま、翔太はついに冬馬を壁際へと追いやった。トン、と応接室の高級そうな黒い壁に冬馬の背中が当たる。こうなってしまえば、もう逃げ場はない。
 視線を交わらせたまま、翔太は冬馬の赤くて熱い頬に手のひらを寄せた。これは北斗に教えてもらった通りのやり方だ。背筋を伸ばして、顔を上げる。
 冬馬じゃないが、翔太だってキスというものをしたことがない。これが正真正銘ファーストキスだ。まさか年上の同性に捧げることになるとは思いもしていなかったが、自分の唇ひとつで冬馬を翻弄できるものなら安いものだ。
「ッ、だめだ、しょっ――」
 冬馬はきっと、自分の名前を呼ぼうとしたのだろう。咎められる前にそこに触れてしまった。唇は、思ったよりも柔らかい。良さはわからないが、なんとなく癖になりそうな気はする。
 …そういえば冬馬君、一回もいやだって言わなかったな。
 それは初めからわかっていたことだけれど。キスをしたくらいで冬馬に嫌われるだなんて、そんなことは有り得ない。だから北斗と交わした賭けは、はじめから結果が決まっていたのだ。キスをすることができるか、できないか。決め手はそこだけだった。もちろん北斗には内緒だ。
 赤い顔をしたままの冬馬から距離を取って、翔太は破顔した。
「僕の勝ち」




I KISS YOU/180131